小人と蔵人のものがたり第五話【日本らしさを追求】

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何が日本らしくて、
何が日本らしくないのか?

歴史の教科書から歴史を追いかけて議論しようが、
時代のどこかを切り取って、どっちかに偏って議論しようが、

そこに日本の真実、日本の本来の魂は存在しない。
それは現代人が自分の思い込みによって都合よく創り上げた
虚構の日本っぽい日本に過ぎない。

現代におけるケミカルな物質、
人の手を排除した効率的な工業的な醸造によって造られた日本酒は、
たしかに日本酒なのかもしれないが、それは法律で認められた日本酒であって、

我々は、法律による日本酒という定義に興味を一切持たない。

日本酒の神さまが
我々蔵人と菌の共演/饗宴によって
造り出した液体の細部に、
神の息吹を吹き込まない限り、
それを日本酒と認めない。

日本の世界観は「万物に神が宿る」
それが日本という国なのだ。
日本酒の神さまが宿っていない液体を、
日本酒と呼ぶ方が嘘になる。

我々は日本酒を造る蔵人として、
「日本酒」を造ってきた先代の蔵人たちと、
日本酒の神さまにだけは嘘をつきたくない。

我々の造る日本酒が、
ブームから遠ざかろうが、
美味しくないと言われようが、
マスコミや芸能人から目をつけられなかろうが、

そんなことは一切関係ないし悲しくもなんともない。
我々にとって一番悲しい事は、

日本酒の神さまにそっぽを向かれることなのだ。
我々が造ったその液体に神が宿らなければ、
それは日本酒ではない。
仏造って魂入れず。
味覚や人気だけの表面上の酒に、先はない。

流行り廃りとはよく言ったもので、
一時期流行ったところで、どうせ廃れる。