小人と蔵人のものがたり

ものがたり一話 奇妙奇天烈

 

この地球上の国々にいて
「神さま」についての考えは様々であるが、

我が国日本において
「神さま」とは万物に
宿ると考えられている。

火の神さま、水の神さま、岩の神さま
その土地の神さま、学問の神さまなんてのも存在する。

今回のお話は、
“酒の神さま”ととある酒蔵、
そして蔵人達と目には見えない「こびと達」による
酒造りのお話。

昨今において、最近の日本酒は
海外のワイン、シャンパン、ビールのように、

オシャレ、ファッション

のような価値を競って、

「どのような日本酒がウケるか?」

という競争が激化されているのが実情なのだが、

・大量生産でリーズナブルでおいしいお酒

・ワインのようなオシャレな日本酒

そんな一見新しく、時流に乗った日本酒が、
日本酒業界の主流となりつつある今の時代に、

時代を逆流に突き進んでいるように見える
一見時代錯誤も甚だしい、
奇妙奇天烈な酒蔵が存在した。

それが、クラウド酒蔵、
“フェニックス酒蔵”である。

 

ものがたり二話 信念

フェニックス酒蔵の酒造りは奥が深く、
非常に複雑だと思われる方もいるかもしれない。

しかし一貫している酒造りの信念は、
小学生にでも理解できるぐらいとても簡単だ。

フェニックス酒蔵の酒造りの信念。それは、

“日本酒の神さまに好かれることを徹底的に行い、

日本酒の神さまが好まないことは一切しない。”

何が日本一の日本酒と言えるのか?

・品評会で賞の取れる日本酒なのか?

・売り切れ続出滅多に手に入らないレアな日本酒なのか?

・マスコミや芸能人が取り上げるオシャレな日本酒なのか?

正直、我々にとってはそんなことはどうでも良い。

日本酒の神さまがこれまで以上に喜べば、
それが最高の日本酒であり、

そうでなければ、味、希少性、人気などどうでも良い。
それらの要素は「日本酒としての価値」ではない
別の何かを評しているだけだからだ。

 

ものがたり三話 Mission

我々には、日本酒を造る者としての日本的な課題があり、
本物の日本酒を世界に広げるためのMissionがある。

海外の真似事をして1番になったところで
それはもはや日本酒でもなんでもない。

それは海外で喜ばれる日本で造った酒に過ぎない。

我々は”日本酒”に徹底的にこだわる。
それは「オールジャパン」つまりすべて『日本』という魂の籠った
人、蔵、菌が一体となって醸し出される
生命の水と言っても過言ではない極上の一滴を絞り出さない限り
先代達がこだわり抜いて作ってきた、

見えない世界との対話によって造られる神がかった酒 = 日本酒

ではないからだ。

ものがたり四話 神宿る

あなたは、日本酒の神さまが魂を宿らせた
本物の日本酒を飲んだことがあるだろうか?

米を鉛筆の芯のように削った高級純米大吟醸酒を
飲んだことはあるかもしれないが、

米をいくら磨いたところで、
その先に日本酒の神さまが鎮座している事は
残念ながら無い。

「蔵人と菌と日本酒の神さまによる三位一体で造られる酒」を、
あなたは日本人歴何年なのか知らないが、
残念ながら口にした経験はないだろう。

蔵人と菌の対話により、召喚されし日本酒の神さまが、
その液体に宿らせる”魂”は、

味覚を超越して、人体のさらに奥深い領域に語りかけてくる。
味覚で捉えられるものしか含まれていない日本酒に、
日本酒の神さまは宿っていない。

その深い領域とは、細胞であり、我々日本人の設計図である
日本人のDNAのスイッチをOffからOnにする、

つまり我々の中に眠る大和魂を呼び起こす
インパクトを醸し出すことが出来て、
真の日本酒といえるのだ。

まさに己の中にいる日本主を覚醒させるための呼び水。
それが、我々フェニックス酒蔵が造る日本酒なのだ。

 

ものがたり五話 日本らしさを追求

何が日本らしくて、
何が日本らしくないのか?

歴史の教科書から歴史を追いかけて議論しようが、
時代のどこかを切り取って、どっちかに偏って議論しようが、

そこに日本の真実、日本の本来の魂は存在しない。
それは現代人が自分の思い込みによって都合よく創り上げた
虚構の日本っぽい日本に過ぎない。

現代におけるケミカルな物質、
人の手を排除した効率的な工業的な醸造によって造られた日本酒は、
たしかに日本酒なのかもしれないが、それは法律で認められた日本酒であって、

我々は、法律による日本酒という定義に興味を一切持たない。

日本酒の神さまが
我々蔵人と菌の共演/饗宴によって
造り出した液体の細部に、
神の息吹を吹き込まない限り、
それを日本酒と認めない。

日本の世界観は「万物に神が宿る」
それが日本という国なのだ。
日本酒の神さまが宿っていない液体を、
日本酒と呼ぶ方が嘘になる。

我々は日本酒を造る蔵人として、
「日本酒」を造ってきた先代の蔵人たちと、
日本酒の神さまにだけは嘘をつきたくない。

我々の造る日本酒が、
ブームから遠ざかろうが、
美味しくないと言われようが、
マスコミや芸能人から目をつけられなかろうが、

そんなことは一切関係ないし悲しくもなんともない。
我々にとって一番悲しい事は、

日本酒の神さまにそっぽを向かれることなのだ。
我々が造ったその液体に神が宿らなければ、
それは日本酒ではない。
仏造って魂入れず。
味覚や人気だけの表面上の酒に、先はない。

流行り廃りとはよく言ったもので、
一時期流行ったところで、どうせ廃れる。

 

ものがたり六話 本物に流行り廃りはない

我々は流行を追いかけない。
追いかけるのは日本酒を造ってきた先代達の背中であり、
その背中を追い越すだけ。

日本人性は日本の言葉だけに宿っている訳ではない。

この国中の空気中に宿っている。

融合はしても、決して迎合しない。

媚も売らなければ、胡麻も摺すらない。

ケミカルに工業的に造られた
その興業的な液体に、

日本酒の神さまが降りてこない、
魂の宿っていないその液体に、

世界をおもてなすだけのPowerが
宿っているとは思えない。

おもてなしとは、表も裏もない日本人特有の
真摯な対応の事だ。

はたして、合法かもしれないが、
そのケミカルで工業的な
日本酒の神さまの宿っていない
表面上だけの日本酒の裏は世界も
同胞達ももてなすことはできない。

表しかなくて裏を見せられない
日本の悪しき見て見ぬふり的文化を、
我々は日本酒造りに採用しない。

表も裏もない、真剣勝負の日本酒造り。
人だけではそれを可能にしないからこそ、
杜氏の腕と「見えない者達と対話し共同作業をする力」
が問われるのだ。

ものがたり七話 見えないものの力

見えないものとは決してオカルトチックな存在ではない。
蔵に住み着く菌達と寝食を共にして、得る信頼関係。
ここに杜氏の力量、才覚が問われるのだ。

国宝級の作品はなぜ国宝級なのか?
それは、その作品に日本の神さまが宿るからだ。

だからこそ、そこに人は日本を感じるのだ。

日本を強烈に感じる事の出来る
国宝級の神の呼び水。

我々フェニックス酒蔵は、
鳳凰と共に本来の日本酒を
復活させるべくここに参上。

フェニックス酒蔵による
蔵人、菌、日本酒の神さまによる
三位一体で醸し出す日本酒は、

時代を超越して、
永遠に不滅です。